詐病とは、実際には病気でないにもかかわらず、あるいは症状を誇張して病人を装う行為を指します。医療・心理・法律の領域で問題になるこの行為は、適切な診断や対応を求められる一方で、誤判断のリスクも高くなります。この記事では、詐病の定義、分類、鑑別のポイント、実例、問題点、対応策などを幅広く解説します。
1. 詐病とは?意味と定義
「詐病(さびょう)」とは、意図的に病気の症状を偽ったり誇張したりして、他者にそれを信じさせようとする行為を指します。医学用語では malingering と呼ばれ、故意性が前提となります。
詐病は「完全に病気ではない」「症状が実際の重症度を超えて誇張されている」ケースが典型です。真の器質的疾患を否定してしまう誤りを避けながら、意図性の評価をする必要があります。
法律や保険の場では、詐病はしばしば 保険金詐取 や 不正取得 の要素と結びつくため、医療者、司法、保険者の間で注意が必要とされます。
2. 詐病と近接概念との違い
詐病とよく混同される概念には以下があります。
2.1 作為症(虚偽性障害/Factitious Disorder)
作為症は、病気の症状を自ら作り出すまたは誇張する点は詐病と似ていますが、主たる動機が外的報酬のためではなく、病者として扱われたい、注目を浴びたい、医療者と関係を持ちたいといった内的欲求が背景にあるとされます。
2.2 身体化症・転換性障害・疑病症
これらは患者自身が症状を“真実だと信じて”訴えており、意図的欺瞞性(偽装性)は通常伴いません。詐病とは意図性で区別されます。
用語 意図性の有無 主な動機 特徴
詐病 あり 外的利益(保険金、休暇など) 症状が誇張的・選択的
作為症 あり(時に無意識要素) 注目、医療行為への関心 医療環境を移動する傾向
身体化症等 通常なし 心理的葛藤の表現 患者自身も真実と信じている
適切な鑑別診断が求められます。
3. 詐病の類型と典型的動機
詐病には多様な形態と背景があります。
3.1 類型
身体症状型:痛み、視力低下、麻痺などの身体的症状を訴えるタイプ。
精神症状型:うつ、幻覚、妄想などを誇張または偽装するタイプ。
混合型:身体・精神両方の症状を併用して訴えるケース。
3.2 動機・目的
金銭的利益:保険金、損害賠償金、給付金などを得るため。
責任回避:仕事、学業、軍役、拘束などを免れる目的。
薬物取得:鎮痛剤や精神系薬の不正取得を目指す。
同情・注目:病人として扱われたい、関心を引きたいという欲求。
心理的要因:自己肯定感の低さ、他者との関係性の問題、承認欲求など。
背景には、個人の性格傾向や環境的ストレスが影響することがあります。
4. 鑑別診断の方法と注意点
詐病を見抜くことは容易ではなく、診断には慎重さと多面的な評価が必要です。
4.1 鑑別ポイント
診断所見と訴えの不一致
症状の発現が場面や目的によって変動
治療介入に反応しない、または即時改善する傾向
証拠・動機の存在(保険、賠償、休暇など)
他の医療機関で異なる評価を受けている記録
4.2 評価ツール・検査
心理検査(MMPIなど誇張傾向を測る検査)
二重盲検方式や隠蔽法(被験者に気づかれぬよう変化を与える方法)
時間変動観察:症状の変化を時間軸で追う
第三者情報の参照:家族・同僚からの証言など
4.3 診断・倫理上の注意
詐病と断定するリスク:実際の病気の見落とし
患者との信頼関係の悪化
プライバシー・人権の保護
法的証拠や説明責任の確保
5. 事例紹介
5.1 視覚障害を訴えた例
交通事故後、視力を失ったと訴えるも眼科検査で感度反射が残存していたことが判明。診察を変えると症状が突然改善した例があります。
5.2 腹痛・消化器症状を訴えた例
精密検査を繰り返すが異常が見つからず、保険金請求目的が疑われたケースもあります。訴えた症状が意図的であったと判断された例があります。
5.3 精神症状を誇張する例
幻覚や妄想を訴えるも、他の医師の診察や環境変化で症状が消失した、あるいは矛盾の多い訴えを繰り返すケースがあります。
これらの事例は、訴えと客観所見のギャップ、動機の存在、症状の不安定性などが鑑別の鍵となったものです。
6. 詐病が社会・医療にもたらす問題
医療資源の浪費
無意味な検査・入院などに保険・公的資源が使われる。
診断混乱
真の患者の診断や治療が遅れるリスク。
医師と患者の信頼の崩壊
疑いの目で見られることが医療関係を悪化させる。
保険制度の悪用
偽装請求、損害賠償請求の不正。
倫理・法的問題
名誉の侵害、詐欺罪適用などの問題が生じうる。
7. 対応・治療アプローチと予防策
7.1 医療的対応
患者を責めず、共感的態度を保つ
必要最低限の検査・介入にとどめる
精神科・心理科との連携を図る
症状管理・ストレス緩和アプローチを取り入れる
7.2 心理的アプローチ
認知行動療法:誇張思考や誤信念を調整
動機探索と介入:なぜ詐病を行うのかを探る
支持的心理療法:信頼関係構築と心理支援
7.3 予防・制度的対策
医療者教育と啓発:詐病を疑うだけでなく対応法を学ぶ
保険制度設計:不正請求リスクを減らす制度設計
多機関連携:医療・福祉・保険・法的部門の協働アプローチ