脊髄癆(せきずいろう)は、かつて多く見られた神経疾患の一つで、梅毒の進行によって引き起こされる合併症です。現在ではまれな病気となりましたが、正しい知識を持っておくことは重要です。本記事では、脊髄癆の症状、原因、診断方法、治療、予防について詳しく解説します。

1. 脊髄癆とは

1.1 定義と概要

脊髄癆とは、梅毒の第三期(晩期)に発症する慢性的な神経疾患で、特に脊髄後索(後柱)を中心とした神経組織の変性を特徴とします。進行性の病気であり、主に歩行障害や感覚異常を伴います。
かつては梅毒の感染が広く見られたため、多くの症例が報告されていましたが、ペニシリンを中心とした抗生物質治療の普及により、現在では先進国では極めて稀な疾患となっています。

1.2 歴史的背景

脊髄癆は19世紀から20世紀初頭にかけて神経科の重要な疾患として知られており、当時は治療法が確立されていなかったために重篤な後遺症を残すことも少なくありませんでした。特にヨーロッパでは、著名人がこの病に苦しんだ記録も残されています。

2. 脊髄癆の原因

2.1 梅毒の進行による神経系への影響

脊髄癆の直接の原因は、梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)による感染です。この病原体が神経系に侵入し、数十年かけて脊髄の後索に慢性的な炎症や変性を引き起こします。
初期の梅毒(第一期、第二期)では皮膚や粘膜の症状が中心ですが、未治療のまま放置すると、数年から数十年の経過を経て第三期に進行し、脊髄癆などの神経梅毒を発症することがあります。

2.2 なぜ現在は稀なのか

現代では梅毒の診断技術と治療法が確立されているため、早期に発見・治療されるケースが多く、神経梅毒や脊髄癆へ進行することは稀です。抗生物質の普及と公衆衛生の向上が主な理由です。

3. 主な症状

3.1 歩行障害

最も特徴的な症状は「動揺性歩行」と呼ばれる歩行障害です。これは、感覚の異常により自分の足の位置がわからず、ふらついた歩き方になるものです。視覚を頼りに歩くようになるため、暗所での歩行が特に困難になります。

3.2 感覚異常

四肢にしびれや痛みを感じることがあり、特に深部感覚(振動や位置の感覚)が障害される傾向にあります。これにより、階段の上り下りや起立保持が困難になります。

3.3 膀胱・直腸障害

膀胱や直腸をコントロールする神経も影響を受けることがあり、尿失禁や便失禁がみられることもあります。進行すると排尿困難や残尿感など、日常生活に大きな支障を来します。

3.4 アルガイル・ロバートソン瞳孔

脊髄癆に特有な症状の一つが、光には反応しないが近くの物を見ると縮小するという異常な瞳孔反射です。これは中脳の障害に由来すると考えられています。

4. 診断方法

4.1 症状と病歴の確認

まず、医師は患者の症状と過去の病歴を詳しく確認します。梅毒感染の有無や、進行の経過が重要な情報となります。

4.2 血液検査と髄液検査

梅毒に関連する抗体検査(TPHAやRPR)を血液と髄液で行います。髄液中に抗体が確認されれば、神経梅毒の診断が確定します。

4.3 画像診断

MRI検査により脊髄の萎縮や変性が確認されることもありますが、早期には異常が見られないこともあります。したがって、主に臨床症状と血液・髄液検査が診断の中心となります。

5. 治療法

5.1 抗生物質による治療

第一選択はペニシリンの大量静脈注射です。これはトレポネーマを死滅させるために非常に効果的であり、早期治療であれば病状の進行を止めることが可能です。

5.2 対症療法

すでに神経障害が進行している場合には、リハビリテーションや補助具の使用による日常生活の支援が必要になります。また、膀胱機能障害がある場合にはカテーテルや薬物療法が行われます。

5.3 定期的なフォローアップ

治療後も定期的に血液や髄液の検査を行い、再発や進行がないかを確認することが重要です。神経梅毒は治療が難しいケースもあるため、専門医のフォローが不可欠です。

6. 予防と早期発見の重要性

6.1 梅毒の予防

脊髄癆の根本的な予防は梅毒に感染しないことです。性感染症としての認識を持ち、適切な性行為の管理と定期的な検査が重要です。

6.2 梅毒感染時の早期治療

万が一梅毒に感染しても、早期に適切な抗生物質治療を行えば、神経梅毒や脊髄癆への進行を防ぐことができます。初期症状を見逃さないことがカギです。

7. 現代における脊髄癆の意義

7.1 医療教育と研究対象としての重要性

現在では非常にまれな疾患となった脊髄癆ですが、神経疾患の進行過程を学ぶうえで重要な疾患モデルとされています。医学生や神経内科の教育において今なお取り上げられることがあります。

7.2 再発リスクと監視の必要性

現代でも、特定の地域や社会的背景によっては梅毒の感染が再び増加しており、それに伴って神経梅毒の報告も散見されます。医療関係者は常に警戒を怠らないことが求められています。

8. まとめ

脊髄癆は、梅毒の進行によって引き起こされる深刻な神経疾患です。現在では極めて稀ですが、過去に多くの患者を苦しめてきた歴史があります。早期の梅毒治療と正しい予防対策によって、発症を防ぐことが可能です。医療従事者や一般の人々も、正確な知識を持ち続けることが今後も重要です。

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