「通い婚」とは、夫婦が結婚しても同じ家に住まず、夫が妻のもとへ通う形を取る婚姻のあり方を指します。古代から中世の日本に見られた婚姻形態であり、現代の結婚観との違いを理解することで、日本の家族制度や文化の変遷を知る手がかりとなります。
1. 通い婚の基本的な意味
1-1. 通い婚とは何か
通い婚は、結婚後も夫婦が同居せず、夫が妻の実家へ定期的に通う形を取る婚姻形態です。妻は結婚しても自分の家にとどまり、夫が夜ごとに訪れるという形式が一般的でした。
1-2. 同居婚との違い
現代の一般的な結婚では、夫婦が同じ家に住む「同居婚」が主流です。しかし通い婚では、夫婦生活の中心は妻の家にあり、夫は訪問者的な立場で過ごします。この点が大きな違いとなります。
2. 通い婚の歴史的背景
2-1. 古代社会における通い婚
古代日本では、女性が生まれ育った家にとどまり、男性が夜に通う形式が一般的でした。これは「母系社会」の影響が強く、血縁や財産が母方を通じて継承されていたことに由来します。
2-2. 平安時代の通い婚
平安貴族社会では、夫である男性が夜に妻のもとを訪れる「夜這い婚」の形式が広く行われました。特に貴族社会においては、妻の家柄や親の影響力が重視され、夫が妻の家を訪れることは自然な流れでした。
2-3. 鎌倉・室町時代の変化
鎌倉時代以降、武士社会の台頭とともに家父長制が強まり、夫婦が同居する形が徐々に広がっていきます。これにより通い婚は次第に減少しました。
3. 通い婚の特徴
3-1. 妻の家を中心とする生活
通い婚の最大の特徴は、妻が生まれ育った家を離れない点です。結婚後も妻の生活基盤は変わらず、親や兄弟と共に暮らすことができました。
3-2. 夫の立場
夫は訪問者として妻の家に通うため、現在のように「一家の主」としての立場は強くありませんでした。むしろ妻の実家の影響力が大きく、夫が妻の家の支配下に入るような関係性でした。
3-3. 子どもの扱い
通い婚では、子どもは母方の家で育てられるのが一般的でした。そのため、母方の一族に強く結びつき、父親側との関係は限定的でした。
4. 通い婚が行われた理由
4-1. 母系社会の影響
古代の日本は母系的な社会構造を持ち、血筋や財産が母方を通じて継承される仕組みが存在しました。そのため、女性が自分の家を離れる必要はなく、男性が通う方が自然と考えられていました。
4-2. 経済的要因
通い婚では妻の家が生活の基盤を提供するため、夫に経済的負担が少なく済むという利点がありました。特に貴族や豪族の家では、妻の家柄や財力が重要でした。
4-3. 社会的安定
女性が実家に残ることで、親の庇護を受けながら安心して生活できる環境が確保されました。これは社会的安定に寄与する大きな要素でした。
5. 通い婚のメリットとデメリット
5-1. メリット
・妻が実家で安心して暮らせる ・夫の経済的負担が軽減される ・母系社会における血縁関係の維持が容易
5-2. デメリット
・夫婦の絆が弱まりやすい ・父子関係が希薄になる場合がある ・夫が家庭の中心的存在になりにくい
6. 通い婚から同居婚への移行
6-1. 武士社会の台頭
鎌倉時代以降、武士階級が力を持つと「家」を中心とした社会制度が強まりました。その結果、夫婦が同居し、夫を中心に家を運営する形が広がりました。
6-2. 家父長制の確立
江戸時代に入ると、家父長制が確立し、家長である男性が家族を支配する仕組みが強固になります。これにより、通い婚はほとんど姿を消しました。
7. 現代における通い婚との類似例
7-1. 別居婚との比較
現代では、仕事やライフスタイルの都合で夫婦が別居する「別居婚」が存在します。これは形の上で通い婚に似ていますが、背景や目的は異なります。
7-2. 単身赴任との共通点
夫が単身赴任で自宅を離れ、週末だけ家に帰る生活は、通い婚に近い状況といえます。
7-3. 新しい夫婦の形
現代社会では多様な結婚の形が認められつつあり、通い婚のように「一緒に住むことが必須ではない」という考え方も再評価されています。
8. まとめ
通い婚は、古代から中世にかけて日本で広く行われた婚姻形態で、夫が妻の家に通うという特徴を持ちます。母系社会の影響や経済的背景がその理由であり、やがて武士社会の発展と家父長制の確立によって姿を消しました。現代では別居婚や単身赴任など、通い婚に似た生活スタイルも存在し、夫婦の在り方の多様性を考える上で重要なヒントを与えてくれます。