「円天(えんてん)」とは、2000年代に日本で話題になった架空通貨を指します。表向きは「新しい電子マネー」や「地域通貨」のように見えましたが、実態は投資詐欺の一種でした。本記事では、円天の仕組みや事件の経緯、そしてなぜ多くの人が被害にあったのかをわかりやすく解説します。

1. 円天とは何か

1-1. 円天の概要

「円天」とは、2000年代前半に「世界中で使える新しい通貨」として宣伝された仮想的な通貨単位です。運営していたのは「L&G(エル・アンド・ジー)」という企業で、代表を務めていたのが波和二(なみかずじ)氏でした。

L&Gは「円天は国際的に使える電子マネーであり、将来価値が上がる」とうたって、多くの高齢者を中心に出資を募りました。しかし実際には、円天はどこの銀行や企業でも使えない架空のポイントにすぎず、実態のない投資商品でした。

1-2. 名称の由来

「円天」という名前は、日本の通貨「円」と、天上の理想郷を意味する「天」を組み合わせたものとされています。表面的には「理想の経済圏をつくる」という夢のある響きがあり、多くの人が新しい時代の通貨だと誤解しました。

2. 円天事件の仕組みと実態

2-1. 出資の流れ

L&Gは会員に対して「出資すれば高利回りの配当を受け取れる」と宣伝しました。具体的には、会員が現金を預けると「円天」というポイントが発行され、その円天を使って同社が運営するショッピングサイトなどで商品を購入できると説明していました。

しかし実際には、出資金は新しい会員からの資金で配当金を支払う「自転車操業」状態にあり、典型的なポンジ・スキーム(出資金を新規加入者の資金で返す詐欺手法)でした。

2-2. 円天の使えなさ

「円天」を使える場所は、L&Gグループが運営するごく一部の施設やイベント会場に限られていました。実際に流通していた電子マネーではなく、外部の企業や商店で使うことはできませんでした。

つまり、円天は通貨ではなく、あくまでL&G内部でしか通用しない「疑似的なポイントシステム」に過ぎなかったのです。

2-3. 高配当の宣伝と勧誘

L&Gは「年利36%」「元本保証」など、極めて高い配当をうたい、特に高齢者層を中心に勧誘しました。地方の集会や講演会を通じて「夢のある経済」「新しいお金の形」というメッセージを広め、全国で会員数は十数万人に達しました。

しかし、後に実態が明らかになると、配当はすべて新規出資者の資金を使ったもので、経済的な裏付けは一切なかったことが判明しました。

3. 円天事件の経緯

3-1. 事件の発覚

2007年ごろから、L&Gが出資者への配当を滞らせるようになり、問題が表面化しました。会員から「出金できない」「円天が使えない」といった苦情が相次ぎ、マスコミが取り上げたことで社会問題となります。

警察と金融庁が調査に乗り出した結果、L&Gが約1300億円規模の資金を集めていたことが判明しましたが、その多くは実体のない「円天」の発行に使われており、会員への返金は困難な状況でした。

3-2. 逮捕と裁判

2009年、L&Gの代表・波和二氏らが出資法違反や詐欺の疑いで逮捕されました。裁判では、出資金を運用していなかったこと、円天が実際の通貨として機能していなかったことなどが明らかになり、実刑判決が言い渡されました。

この事件は「平成最大級のマルチ商法事件」と呼ばれ、日本の金融・消費者行政にも大きな影響を与えました。

4. なぜ多くの人が騙されたのか

4-1. 「夢」と「安心感」を利用した宣伝

円天は、単なる詐欺的な投資話とは異なり、「新しい社会をつくる」「お金に縛られない世界」という理想を掲げていました。そのため、多くの人が「正しいことをしている」「社会貢献になる」と信じて出資したのです。

また、「円」という言葉が使われていたことで、国が関係しているような安心感を与えてしまったことも要因の一つでした。

4-2. 高齢者を中心としたターゲット設定

L&Gは特に高齢者層をターゲットにしており、地域の集まりや友人関係を通じて口コミで広がりました。中には「信頼できる知人から勧められたから安心だと思った」という被害者も多く、ネットリテラシーの低さを突かれた形でした。

4-3. 見た目の「成功体験」

初期に参加した会員には、実際に配当が支払われることもあり、それが信頼を生む結果になりました。この仕組みが典型的なポンジ・スキームの特徴であり、「実際に利益を得た人がいる」という事実が新規加入を促しました。

5. 円天事件が残した教訓

5-1. 投資には「根拠」を確認する必要がある

円天事件の最大の教訓は、「投資話には必ず根拠を求めるべき」という点です。どれほど魅力的な利益をうたっていても、運用実態や事業内容が不透明な場合は、極めて危険です。

特に「元本保証」や「確実に儲かる」という言葉は詐欺の典型的なサインであり、慎重に判断する必要があります。

5-2. デジタル通貨との混同に注意

現代では、仮想通貨(暗号資産)や電子マネーが広く普及しています。円天事件と似た用語が登場することで混乱するケースもありますが、正規のデジタル通貨は明確な技術的・法的基盤の上に運営されています。

円天のように、発行元や運用体制が不透明な「なんちゃって電子マネー」には特に注意が必要です。

5-3. 情報を鵜呑みにしない姿勢

「知人が言っていたから」「テレビで紹介されていたから」といった理由で投資を決めるのは危険です。情報源がどれほど信頼できそうでも、客観的にリスクを見極める習慣を持つことが重要です。

6. まとめ:円天は「お金の本質」を問う事件だった

円天事件は、単なる詐欺事件ではなく、「お金とは何か」「価値とは何か」を考えさせる出来事でもありました。紙幣や通貨の信頼は制度によって支えられており、誰かの言葉や理想だけでは成立しません。

デジタル通貨が当たり前になった現代だからこそ、円天のような事件から学ぶべき教訓は多いといえます。便利さや夢だけに惑わされず、冷静に価値の裏付けを見極める姿勢を持つことが大切です。

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